画像:Study#01 公共空間とアートワーク(自然と湧き上がる美しさ)
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Study#01 公共空間とアートワーク(自然と湧き上がる美しさ)

2024.01.08

2021年に始まり、空間のアートワークを基本として携わった香川 高松の公共建築が、約3年の構想期間を経て今年3月に公開となる。県都高松のランドマークとなり得る当施設は、県内外の多様なテナントを内包した施設であり、また交通の要衝でもあるその場所から、貴重な文化発信拠点としても期待される施設でもある。香川県は、弊所を構えている愛媛県と横並びの県でありながら、私が10代まで過ごしていた場所ということもあり、自然とその趣きや文化の差を感じていた。広く公共性の求められる当施設は、自然と地域活動とも密に関わり、また風景を作ってゆくものである。そうした公共施設ならではの特性を、空間のアートワークにおいても倣い、当地の“自然と立ち上がる地域性“を細やかに掬い取る作業を大切に検証を進めていくことにした。

その地ならではのもの(=地域性)と対峙する中で、その構成要素を分解していくと自然に、歴史・伝統・文化というキーワードに行き着いた。また香川には、瀬戸内国際芸術祭(Setouchi Triennale)をはじめ自律的に流れるアート文脈があり、当地ならではキーワードとして“アート“という要素も自然と湧き上がってきた。こうしたキーワードは、当地ならではの歴史や背景をもとに生み出されており、同時に普遍的な要素でもある。また歴史・伝統・文化という視点からも、地の利や国民性を生かした多種多様な伝統工藝品や伝統素材も多くあり、こうした“伝統”とアートという“新しさ”の両輪を、当空間のアートワークの核としてプロジェクトは進行していった。方向性の異なる多様な候補の中で、施設意義や親和性、可能性の拡がりをベースに考察を重ね、最終的には「庵治石」と「丸亀うちわ」の2種が候補となっていった。

 

庵治石とは香川県高松市東部の庵治町・牟礼町でのみ産出される高級石材である。マグマが冷え固まってできた火成岩の一種であり、その歴史は遡ること平安時代後期で、現在に到るまで少なくとも1000年に渡って採掘され続けてきた香川県が誇る歴史ある伝統素材である。石質は風化にも強く、細微な加工が可能な細やかな石質から、古くから墓石材、石灯籠などの細工物に利用されてきた。産出される庵治・牟礼町一帯は石材を加工する職人が古くから住み、全国でも有数の高度な石材加工、墓石加工の街として知られている。香川の成り立ちと歩みを共にしてきた歴史性備える庵治石は、この地の文化発信拠点として機能していく当施設との成り立ちの近さを感じられた。素材そのものが施設の吸引力となり得る力を秘める庵治石は、施設正面ファサードのメインシンボルに用いることを前提に置いた。だが、置き式ではなく壁面設置が基本となるファサードのアートワークは単純な設置とは行かず、数々の制約が出てくることが安易に想定されたため、実際に現地採石場を訪れ、素材や加工方法、特性や背景などの話を伺うこととした。
庵治石にも種類がある。中でも主流である青色系の“中目”と呼ばれる種類の石質は、採掘数も多く強度も高い。一方、通称“さび石”と呼ばれる赤系統の庵治石も中目とは違って独特の風合いがあり、候補として残しておきたかったが、希少性も高く何より脆いため、公共施設としての安全性を加味し今回のアートワークでは使用を見送ることとした。また、サイズについても運搬面や費用面から、端材を複数枚を組み合わせた図案制作が現実的であることが分かった。従って単一の素材(青色系の“中目”)を用いながら仕上げ方法を変え、組み合わせることで、単一素材の中でも表情の幅を演出できることが分かった。アートワークにおいても、交通要衝かつ文化拠点でもある当エリアを瀬戸の島々を模した庵治石のコンポジションで表現し、環境から自然と立ち上がった造形を目指した。ただ庵治石をそのままの形で用いると伝統的な表現に偏りが出そうであったため、平面的・静的な表現に変換することで、時代や性別、世代といった境界を超えたアートワークを目指し、検証を重ねていった。

施設4Fの造作天井には丸亀うちわを用いたアートワークを検討していった。慶長5年(1600年)に端を発する丸亀うちわは、全47種もの製造工程のほとんどを職人に頼る卓越した職人技の集大成ともいえる伝統工芸品である。伝統工芸士によって生み出される伝統工芸品は、工業製品にはない風合いや独自性の反面、制約が生まれる。こちらも実際は現地視察したかったが叶わなかったため、多数の形状サンプルや素材サンプルを取り寄せ、それらをもとに素材感やトーン、サイズ感等の確認・検証を進めていった。伝統工芸品についてはその歴史性や文化性、品質の高さはすでに語られている通りだが、実際にプロジェクトを進めていく中で今まで想像もしていなかった課題や制約が見えてきた。伝統工芸の現場に流れる実情や数々の制約。そのリアリティを肌身に感じながらも、それこそが長い時の中での時代淘汰に打ち勝ってきたポイントでもあるとも実感した。
地紙や骨、縁で構成された扇部の形状や着色、仕舞い。また持ち手となる柄の染めなど、改めて向き合って見るとシンプルながら多数の美しい要素で構成されていることが分かる。こうして分解していく中で直面したのは何が丸亀うちわを丸亀うちわ足らしめているのかということ。理想のイメージ像を求めようとすれば丸亀うちわの本質が削ぎ落とされ本末転倒となる。そうした疑問を元にやり取りを進めていく中で、その本質は形にではなく作り手の側にあることが分かった。これは単に形だけを追っているだけでは気が付けないことであり、試行錯誤を通して引き出せたことでもあった。ここでも伝統としての姿勢と新しさの両輪が進行における核となっていった。具体的な施設天井面のアートワークとしては、195本の色分けされた丸亀うちわを用い、世界有数の瀬戸の多島美を模した表現として訪れる人を迎え入れるシンボルを目指した。当地ならではの要素を用いながら自然と立ち上がった表現を目指し模索を続けている。

 

庵治石は残念ながら実現は叶わなかったが、素材や加工方法、特性など現場へと足を運ばない限り外野からは得ることのできない多数の示唆に富んだ知見を得ることができた。ハードルも多い素材ではあるが、変換次第では広く可能性に富んだ素材であり、別の機会においても展開できるのではないかということである。新たな素材との出会いは、回を重ねるごとにその知識は深まっているが、実用化に向けてクリアするべき課題はまだまだ山積されていることを思い知らされる。一方、それ以上に実感しているのが各素材や産地が備える潜在性。サスティナブルやSDGsが叫ばれる中、風化されない歴史性や深い地域性を持つ伝統素材・技術は、伝統という名の下に将来性を感じた。そうした素材の持つ可能性の端緒を引き出していくためにも、外部からの客観的な視点以上に、現場に身を運び、素材そのものと対峙し自らを巻き込んでいくリアリティな体験を通じ、これからも視察や検証を続けていければと思っている。
現在も検証が進む公共空間のアートワーク。空間における“自然と湧き上がる美しさ“は何かを常に自問しプロジェクトは進んでいる。“その土地“から生まれた庵治石の自発性と、“そこでの生活“から生まれた丸亀うちわの自発性。フェーズは違えど自発性という点では共通している観点である。当地ならではの自然な美しさは時代を通して残ってきた強さや魅力であり、またこの先も続いていく等身大の自立性や自発性を持ち得る。プロジェクトを通じてそうした気づきを得ながら、地域に根ざす公共建築として、改めて当地の伝統・文化・素材と連動するアートワークの必要性を感じた。
(関係機関をはじめ、関係者の皆様には心より御礼申し上げます)

(Data)
・視察目的/庵治石工房の見学、素材・加工方法について
・視察日/2022年10月
・視察先/香川県高松市庵治町 採石場・工房